ライフエイジ(生命年令)のススメ
戸籍上の年令は本当のあなたではない
「あなたの年令はいくつですか?」
と聞かれたら、戸籍の年令を答えますよね。
でも“戸籍の年令”があなたの“現実の自分”を表しているとは限りません。
現在のように寿命が延びて高齢化社会が進んでくると
“戸籍の年令”と“現実の自分”とのギャップが大きい人が少なくないからです。

世の中を見渡しても
70代、80代でも若々しく元気に生きている人がいるかと思えば、20代、30代でも生気が無く老人のような人がいる・・・というように、“戸籍の年令”と“現実の姿”がかけ離れた人が増えてきています。
高齢化社会がさらに進めば、そのギャップはもっと大きくなることでしょう。
“戸籍の年令”と“現実の姿”のギャップが大きい理由は
生きてきた時間の長さは同じでも、一人一人の“心・脳・体の状態”が違うからです。
どうでしょう!?あなた自身を振り返っても
心の年令・脳年令・体年令・・・各々違いますよね。
例えば、年令は同じ“40才”だとしても、

★70才の老人並みに気持ちが老けている。
★頭を使わないから、脳年令が60才並み。
★運動不足で体年令は55才レベル。
という人もいれば
※Bさんは
★20才の青年のように若々しい気持ちで生きている。
★本を読んだり学習しているので、脳年令は18才レベル。
★適度に運動しているので、体年令は35才レベル。
という場合もあるわけです。
前向きに頑張っている人と、毎日惰性で生きている人。
この両者を全く同じ物差しで捉えるのは、やっぱりおかしいですよね。
『もういい年なんだから。』
『お前はもう若くないんだから。』
『年相応に生きなさいよ。』
・・・そんなことを周りから言われたらどうでしょうか?
(特に日本の社会はそういう風潮が強いですね。><)
せっかく自分らしく前向きな気持ちで生きようとしても
そんなことを言われ続けたら、嫌になってくると思いませんか。
そんな周りの空気と戦うことだけで疲れてしまうと思いませんか。
日本人は傾向として
みんな同じであることを良しとします。
中年は中年らしく、年寄りは年寄りらしくを暗黙のうちに求めてしまいます。
しかし、その考え方では
一人一人の可能性を摘み取ってしまいます。
一人一人の可能性が摘み取られたら、社会の可能性・発展力も弱まります。
これから本格的に始まる超高齢社会では、これはまさに死活問題です。
『自分はもう年だから・・・。』
と、自分の可能性を閉ざし
『お前はもう年なんだから無理だよ・・・。』
と、相手の可能性を否定し
『あの人、若く見られたくてやってんのかしら・・・。』
などとお互いの可能性を潰しあっている社会は、果たして健全なのでしょうか?
決してそうではないでしょう。
そんな社会はやっぱりおかしいと思います。
ではどうしたらいいのでしょうか?
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私は、その答えはとてもシンプルだと思っています。
戸籍年令の呪縛から人々を開放する
“現実の姿”を反映する“年令指標”があれば良いのです。
今までみんなが“戸籍の年令”に囚われて
人々の意識や社会がこれだけ閉鎖的になっているのですから
それを打ち破るきっかけさえあれば、
人々や社会の中に溜まっていたエネルギーは
どんどん解放されていきます。

だってみんな
心の底ではそういう社会になることを望んでいるのですから。
そうすれば
人々や世の中の意識が変わっていきます。
単一的で古典的な“戸籍年令”だけで人を見たり
判断する風潮も廃れていくでしょう。
そうなれば、一人一人がもっと自由に生きられます。
一人一人の可能性がもっと広がる社会になります。
幾つになっても自分自身を再創造したり
いろんなことに再チャレンジする人々が増えていきます。
本格的な超高齢社会に突入しても
日本をもっと明るく、自由な社会にすることが出来るでしょう。
人生80年〜100年時代にふさわしい
新しい年令指標を提案します。
あなたと日本が輝くための≪ライフエイジ(生命年令)≫というパラダイム
人生80年〜100年という超高齢社会に必要な年令指標とは?
それは
一人一人の“現実の姿”を表す
ライフエイジ(生命年令)という概念です。
ライフエイジで見れば、一人一人の“現実の姿”を
正しく総合的に把握することが出来ます。
人々の“ありのままの姿”を把握・表現することが出来ます。
これはとても大切なことです。
自分自身や人間を捉える視点が立体的になるからです。
一人一人が戸籍年令の呪縛から解放されて自由になるからです。
ライフエイジの計算式はとてもシンプルです。
◎計算式 → (心年令+脳年令+体年令)÷3=ライフエイジ(生命年令)
※先ほどのAさん、Bさんの例で計算してみましょう。
★Aさんは (70+60+55)÷3=61才
★Bさんは (20+18+35)÷3=24才
・・・どうですか? ・・・・・・・・・
戸籍年令は同じ40才でも、“現実の姿”では
実に30才以上の開きがありますね。
このリアルな違いを無視して、戸籍上40才だからとか
「もう○○才なんだから・・・」という話は、ナンセンスだと思いませんか。
努力している人もそうでない人も
全く同じだなんてやっぱりおかしいですよね。
自分も周りの人も社会も、戸籍の年令に囚われて
その枠の中からしか発想出来ないって、すごく勿体無いって思いませんか?
私が『良いなあ・・・。』と思う社会は
戸籍の年令は、たとえ幾つになっても
『私のライフエイジは25才です。』
『私のライフエイジは30才です。』
と堂々と誇りを持って言える社会です。
そんな社会ってステキだと思いませんか。
『もう私は○○才だから・・・。』と自分を諦める必要は一切無いのです。

幾つになっても自分で自分を若返らせることが出来る社会
幾つになっても自分の可能性を見つけて、周りを気にしないで
自分の夢に堂々とチャレンジ出来る世の中ってイイですよね。
≪ライフエイジ≫とはある意味
自分を再創造し続けている人が
誇りを持って言える≪パーソナルブランド≫だと思います。
なぜなら、戸籍上の年令は、努力している人も惰性で生きている人も全く同じですが、≪ライフエイジ≫は自分自身の生き方次第で天地の差が出てくるからです。
『人生かったるいよなあ・・・。』『どうせ先が見えてるんだし・・・。』なんて思いながら生きている人だと≪ライフエイジ≫はかなり高齢になってしまいます。
いくら年令が10代・20代でも、そういう人は実質的には老人に近いでしょう。
自分自身を再創造している人は、いつまでも若い≪ライフエイジ≫を保てます。
自分で自分の≪ライフエイジ≫をコントロール出来ます。
そしてそのことは喜びと誇りになり、新たなエネルギーも湧いてきます。
たとえ何才になっても
生き生きと輝いて生きることが出来ます。
私は、一人でも多くの人が自分の可能性を閉ざさずに
その人らしい生き方が出来るようにとの思いから
≪ライフエイジ≫という概念を提案しています。
≪ライフエイジ(生命年令)≫のコンセプトは
- 人や社会の“囚われた意識”を戸籍年令の呪縛から開放する。
- 人間の可能性を最大化・最長化させる。
- 超高齢社会を明るく自由な社会にする。
ということです。
人生はいつでも再創造出来ます!
どうぞ、あなたらしいステキな人生を生きてください。







